湯浅正寿 From Wikipedia, the free encyclopedia 湯浅 正寿(ゆあさ まさひさ、?~寛永10年(1633年))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。豊臣氏、藤堂氏の家臣。通称は茂左衛門。 湯浅直勝の子として誕生。母は織田長益(有楽斎)の娘。 豊臣秀頼に知行3千石で仕えた。大坂冬の陣では二の丸南方と真田丸の背後を兵2千人を率いて守備した。天王寺・岡山の戦いでは毛利勝永の寄騎として奮戦する。大坂落城後に藤堂高虎に招かれ、3千石を領した。 寛永10年(1633年)に死去。 子の助左衛門(丹後)は、美作国津山藩主・森忠政に仕えた。その娘・継光院(正寿の孫)は忠政の養子・長継の側室になって後の三日月藩祖・森長俊を産む。[1]。 脚注 ↑ 湯浅博物館 参考資料 藤堂高虎家臣辞典 「大坂の役」‐旧参謀本部編纂、桑田忠親・山岡荘八監修。 Related Articles