満願寺城 From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 連郭式平山城天守構造 なし築城主 湯原信綱築城年 大永元年(1521年)logo満願寺城(島根県) 満願寺城遠景城郭構造 連郭式平山城天守構造 なし築城主 湯原信綱築城年 大永元年(1521年)主な城主 湯原信綱、奈佐日本之介、毛利氏廃城年 不明遺構 堀指定文化財 なし位置 北緯35度28分22.26秒 東経133度1分0.93秒 / 北緯35.4728500度 東経133.0169250度 / 35.4728500; 133.0169250テンプレートを表示 満願寺城(まんがんじじょう)は、島根県松江市西浜佐陀町にあった日本の城。 宍道湖畔の丘陵端に位置するが、戦国時代当時、城域の北側には佐田水海が広がっており、三面を水に洗われる要害であった。毛利元就の出雲侵攻に際し、湯原氏は毛利氏に降り、満願寺に拠った湯原氏は宍道湖の制海権の把握に努めた。元亀元年(1570年)、尼子氏残党の蜂起に加わった奈佐日本之助が一時入城したが、天正元年吉川元春に攻められ再び毛利氏に帰した。 沿革 大永元年(1521年)、湯原氏により築城。 永禄5年(1562年)、毛利氏の出雲侵攻を受けて湯原氏は毛利氏に降り、毛利氏の支配下に置かれた。 1570年(元亀元年)、尼子氏残党奈佐日本之介に落とされる。 1573年(天正元年)、奈佐氏が毛利氏に降り、再び毛利氏が入城した。 Related Articles