源俊隆 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代後期生誕 不明死没 不明官位 正五位下、皇太后宮亮 凡例源 俊隆時代 平安時代後期生誕 不明死没 不明官位 正五位下、皇太后宮亮主君 鳥羽天皇氏族 村上源氏父母 父:源師隆、母:藤原為房の娘兄弟 俊隆、師経、上西門院一条妻 藤原為隆の娘子 隆暁、晴俊、皇嘉門院別当テンプレートを表示 源 俊隆(みなもと の としたか)は、平安時代後期の貴族・歌人。村上源氏、大蔵卿・源師隆の子。官位は正五位下・皇太后宮亮。 元永元年(1118年)10月2日に藤原忠通により開かれた「内大臣家歌合」に名前がある。『中右記』の記録によれば、元永3年(1120年)当時治部少輔を務めていたようである。 系譜 父:源師隆 母:藤原為房の娘 妻:藤原為隆の娘 男子:隆暁(1032-1104) 生母不明の子女 男子:晴俊[1] 女子:皇嘉門院別当 女子:中将殿 - 建春門院女房 脚注 ↑ または明俊。 出典 『尊卑分脉 第三篇』吉川弘文館 Related Articles