源保 From Wikipedia, the free encyclopedia 源 保(みなもと の やす/たもつ)は、平安時代前期の貴族。嵯峨源氏、左大臣・源信の子。官位は従五位下・若狭守。 時代 平安時代前期生誕 不詳死没 不詳官位 従五位下、若狭守概要 凡例源保, 時代 ... 凡例源保時代 平安時代前期生誕 不詳死没 不詳官位 従五位下、若狭守主君 陽成天皇氏族 嵯峨源氏父母 父:源信、母:不詳兄弟 叶、平、恭、有、好、保、任、昌、春尋妻 不詳子 播テンプレートを表示閉じる 経歴 蔵人等を務め、陽成朝の元慶元年(877年)従五位下に叙爵。元慶5年(881年)兄弟の平・恭と共に奏請し、障害があったため、父・源信によって系譜から削除され無姓になっててしまった兄弟・尋に対する春朝臣姓の賜与を請い、許されている[1]。元慶8年(884年)若狭守に任ぜられた。 官歴 『日本三代実録』による。 時期不詳:正六位上 元慶元年(877年) 正月3日:従五位下 元慶8年(884年) 3月9日:若狭守 系譜 『尊卑分脈』による。 父:源信 母:不詳 妻:不詳 男子:源播 脚注 [1]『日本三代実録』元慶5年6月9日条 参考文献 武田祐吉、佐藤謙三訳『読み下し 日本三代実録 下巻』戎光祥出版、2009年 『尊卑分脈 第三篇』吉川弘文館、1987年 Related Articles