仏行寺山門(2020年12月20日)。
鎌倉市鎌倉山1丁目11-5の「しのぶ塚碑」(2020年12月20日)。
梶原景季、通称・源太は、梶原景時の嫡男である。正治元年(1199年)10月25日の梶原景時の変で景時が失脚して鎌倉を追放されたとき、正治2年(1200年)1月20日に道中の東海道駿河国清見関(静岡市清水区)で現地の武士団に襲われ討たれた。その証として鎌倉に送られた片腕が埋められていると伝えられる。塚は佛行寺の山のもっとも高い場所にある。
また妻の信夫(しのぶ)も自害したと伝えられ、同市鎌倉山1丁目11-5に「しのぶ塚」の碑が建てられた[2][3]。