源清鑒 From Wikipedia, the free encyclopedia 源 清鑒(みなもと の きよみ、生年不詳 - 承平6年4月14日(936年5月7日))は、平安時代前期から中期にかけての貴族。陽成天皇の皇子。官位は従三位・刑部卿。 醍醐朝の延長3年(925年)源朝臣姓を与えられ臣籍降下し、延長5年(927年)左近衛中将に任ぜられる。朱雀朝にて、従三位に叙せられて公卿に列し、刑部卿を務めた。 承平6年(936年)4月14日薨去。最終官位は刑部卿従三位。 山階に邸宅があり、没後の天慶5年(942年)成明親王が山階陵(醍醐天皇陵)に赴いた際に、休息の場として利用されている[1]。 官歴 延長3年(925年) 5月20日:臣籍降下(源朝臣)[2] 延長5年(927年) 正月12日?:左近衛中将[3] 時期不詳:従三位。刑部卿 承平6年(936年) 4月14日:薨去(刑部卿従三位)[4] 系譜 『尊卑分脈』による。 父:陽成天皇 母:伴氏 生母不詳の子女 男子:源公貞 男子:源公輔 男子:源公雅 脚注 ↑ 『九暦』天慶5年12月21日条 ↑ 『尊卑分脈』 ↑ 『近衛府補任』 ↑ 『日本紀略』 参考文献 『尊卑分脈 第二篇』吉川弘文館、1987年 市川久編『近衛府補任 第一』続群書類従完成会、1992年 Related Articles