源相規

平安時代中期の貴族・漢詩人 From Wikipedia, the free encyclopedia

源 相規(みなもと の すけのり)は、平安時代中期の貴族漢詩人光孝源氏参議源清平の子。官位従五位上摂津守

時代 平安時代中期
生誕 不詳
死没 不詳
概要 凡例源相規, 時代 ...
 
源相規
時代 平安時代中期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 従五位上摂津守[1]
主君 村上天皇冷泉天皇円融天皇
氏族 光孝源氏
父母 父:源清平、母:不詳
兄弟 師保、是輔、共貞、相規
不詳
文雅
テンプレートを表示
閉じる

経歴

菅家の門人の私塾として左京大夫菅原清公が設立した菅家廊下の出身。

村上朝天暦-天徳947年-961年)年間に民部大丞に任ぜられる。その後、従五位下叙爵し、円融朝の天禄元年(970年)に摂津守を務めていた。位階は従五位上に至る。

漢詩人として活躍し、『本朝文粋』『和漢朗詠集』『類聚句題抄』などに作品が見える。

官歴

系譜

尊卑分脈』による。

  • 父:源清平
  • 母:不詳
  • 妻:不詳
    • 男子:源文雅

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI