滋賀県立玉川高等学校
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| 滋賀県立玉川高等学校 | |
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北緯34度59分38秒 東経135度57分35秒 / 北緯34.993861度 東経135.959639度座標: 北緯34度59分38秒 東経135度57分35秒 / 北緯34.993861度 東経135.959639度 | |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
|
| 学区 | 全県一学区 |
| 校訓 | 自律・友愛・進取[1] |
| 設立年月日 | 1983年4月8日[2] |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | D125220600037 |
| 高校コード | 25144F |
| 所在地 |
〒520-0058 滋賀県草津市野路東三丁目2-1 |
| 外部リンク | 滋賀県立玉川高等学校 |
平安時代の歌に「野路の玉川」と詠まれた由緒ある地に創立し、6階建ての校舎からは草津市内やその向こうの琵琶湖まで見渡せる。校訓「自律・友愛・進取」のもと、「将来に展望をもち、人間性豊かで自立した学習者を育てる」ことを教育目標としている。また、滋賀県教育委員会から高大連携重点校の指定を受けている。高校のホームページによれば、8月開催の体験入学の参加者は年々増加している。
1981年(昭和56年)に、県下5新設高校の1つとして設置が決定し、同年に開かれた滋賀県議会厚生文教常任委員会により本校の設立を承認した[2]。なお、校舎の建設が遅れたため、当校の開校は滋賀県立湖南農業高等学校の旧校舎を借りて開校を迎えた[2]。1983年(昭和58年)夏に第一期建築工事が完成し、引渡しを受けて仮校舎(滋賀県立湖南農業高等学校)より移転したが、当時の制服は2学期の新校舎移転時まで統一されておらず、大半の生徒は出身中学校の制服を着て1学期を過ごした。このため、入学式の集合写真では、出身中学校ごとに異なる制服を着ていた[要出典]。
歴史
- 1981年(昭和56年)
- 1982年(昭和57年)
- 1983年(昭和58年)
- 1984年(昭和59年)8月17日 - 第二期建築工事が完成し、引渡しを受ける。
- 1986年(昭和61年)3月15日 - プールが完成する。
- 1987年(昭和62年)3月25日 - 格技場が完成する。
- 1992年(平成4年)3月25日 - 教育用コンピュータ(CAIシステム[3])を設置する。以降、定期的に機器更新を行う。
- 1998年(平成10年)3月30日 - セミナーハウス(白萩館)が完成する。
- 2008年(平成20年)4月1日 - 3学期制45分7限授業を施行する。
- 2012年(平成24年) - 同年度の修学旅行から行き先を台湾に変更(姉妹校締結を結んだ桃園市立内壢高級中等学校との国際交流を兼ねるため[4])[5]。
(注記なき出典:[2])
基礎データ
年間行事
日課表
8:20の予鈴までに教室内に入って準備を行う。50分授業が基本で、月曜日と木曜日は第7限が設定されている。昼休みは40分である。
- 予 鈴 8:20
- SHR 8:25 ~8:35
- 第1限 8:45 ~9:35
- 第2限 9:45 ~10:35
- 第3限 10:45~11:35
- 第4限 11:45~12:35
- 昼休み 12:35~13:15
- 第5限 13:20~14:10
- 第6限 14:20~15:10
- 第7限 15:20~16:10(月曜日と木曜日のみ)


