滝本利一郎

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生誕 (1910-01-06) 1910年1月6日[1]
出身地 日本の旗 日本 大分県速見郡別府町(現:別府市
死没 (1996-10-31) 1996年10月31日(86歳没)[2]
滝本たきもと 利一郎りいちろう
生誕 (1910-01-06) 1910年1月6日[1]
出身地 日本の旗 日本 大分県速見郡別府町(現:別府市
死没 (1996-10-31) 1996年10月31日(86歳没)[2]
学歴 京都高等工芸学校 卒業[1]
ジャンル 体育歌校歌社歌民謡
職業 作曲家
活動期間 昭和時代後期

滝本 利一郎(たきもと りいちろう、1910年1月6日 - 1996年10月31日)は、日本の昭和時代後期に活動した作曲家。元大分放送編成部長。

1910年(明治43年)、大分県速見郡別府町(現在の別府市)に生まれる[1]京都高等工芸学校を卒業後、技師として朝鮮総督府に採用された[1]

戦後の引き揚げで大分に帰郷し、1950年(昭和25年)に大分県工業試験場技師となるが、この年に開催された第3回大分県民体育大会を記念して制定された「大分県民体育の歌」で作曲を手掛けている[3]。1953年(昭和28年)、ラジオ大分(現在の大分放送)開局に伴い製作課長に就任[1]。その後、東京支社勤務を経て本局編成部長に至り、大分県内を中心に校歌社歌その他の団体歌、新民謡を数多く作曲した[2]

1996年(平成8年)10月31日死去[2]。享年87(満86歳没)。

作品

  • 大分県民体育の歌(作詞:當所壽人)[3]
  • 大分銀行行歌(作詞:山田昌治)[4]
  • 大分県婦人団体連絡協議会歌「ひかり仰いで」(作詞:毛利忠義)[5]
  • 直入町青年団歌(作詞:加地静日)[6]

音頭・新民謡

  • 山香音頭(作詞:須賀博美)[7]
  • 緒方音頭(作詞:岡本淳三[8]
  • 高田ヤンソ[2]
  • 日出民謡(作詞:加地静日)[9]

校歌

参考文献

出典

関連項目

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