『フゥラン・テプテル(デプテル・マルポ)』や『ヤルルン仏教史』といった先行する史書を参考にしつつ、特にサキャパ政権について他には見られない独自の記述が多く見られることで知られる[1]。ただし『漢蔵史集』独自の記述の中には根拠のない付加や改変もあり、利用には注意が必要と評される[1]。1例として、「チベット十三万戸」はモンゴルによるチベット支配体制を象徴する用語としてしばしば用いられるが、本書で初めて登場する単語であり、サキャパ時代にはこのような概念は存在しなかったと考えられている[3]。
また、『漢蔵史集』の大きな特徴として、サキャパに関しては非常に詳細に言及するのに対して、サキャパに代わって14世紀半ばより中央チベットの覇権を得たパクモドゥパ政権について極めて冷淡な書きぶりであることが挙げられる[4]。このため、著者ペンジョル・サンポは親サキャパ的な人物であったと見られる[5]。
1986年には陳慶英による中国語訳(倉宗巴班覺桑布『漢藏史集 賢者喜樂部洲明鑒』西藏人民出版社、1986年)が出版されている[1]。