瀬川 (箕面市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
地価
歴史
瀬川の歴史は縄文時代まで遡り、瀬川遺跡が現在の瀬川四丁目付近で発掘され、土器と石器が出土している。
瀬川の各所には箕面川からの地下水が湧いているとされる「坪」と呼ばれる湧水が15箇所あり、そのうち一つは鎌倉時代の源平合戦時に弁慶が戦場に行く前に自分の姿を水に映し、鏡の代わりとして服装を整え、戦いの吉凶を占ったとされる。
江戸時代には西国街道と能勢街道の結節点「瀬川宿」としても栄え、現在も参勤交代時に大名が泊まっていたといわれる瀬川半町本陣跡が残っている。
1889年(明治22年)の町村制施行によって、瀬川の由来である瀬川村は周辺の村々と合併し箕面村となる。[5]
1910年3月10日に箕面有馬電気軌道(後の阪急)が開通し、梅田から箕面への交通が整備されると、周辺に住宅街が形成され始め瀬川の人口も増えていった。