瀬川弥右衛門
日本の政治家 (1893-1967)
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経歴
岩手県稗貫郡花巻町出身[3]。出生名は周蔵[2]。花巻町でも有数の豪農である瀬川家に、3代弥右衛門の子として生まれ、父の死去に伴い1922年(大正11年)1月に家督を相続し弥右衛門を襲名した[3][4]。
慶應義塾大学経済学部を卒業。父が没した1922年の時点では瀬川家は県下一の多額納税者であった[3]。この時期には農家から貸金業に中心は移っていたとみられている[3]。豊富な資金を岩手軽便鉄道・花巻電気などに投資し、その役員となった[3]。特に岩手軽便鉄道に関しては、国有化の熱心な推進者であった[3]。このほか、盛岡貯蓄銀行・花巻銀行の創立にも関与した[要出典]。
花巻町会議員を務めた[1]。1925年(大正14年)に岩手県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[5][6]から1939年(昭和14年)9月28日まで2期在任し[1]、さらに1946年(昭和21年)補欠選挙[7]で当選し同年9月20日から[8]1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任し[1]、通算3期15年間務めた[1][3]。
