自らに災いが降りかかっていたのであるが、その災いをうまく利用することで、良いことへの元とするということである。悪いことが起きた場合には、次に同様の悪いことが起きた場合にでもそれをうまく対処できるようになっているために、最初にその悪いことが起きたということは良いことであったということになるということもいう[1]。福澤諭吉は戦争というものは、その最中は実に修羅であるものの、それから平和に帰すれば災いを免れることができていただけでなく、災い転じて福となすということになった例は少なくないとしている[2]。
この言葉は『史記』の蘇秦伝から来ている。これによると、中国の戦国時代の後半で、秦が中国を統一させる50年ほど前には、秦以外の6国が蘇秦の唱えた合従策で結ばれていた。だが張儀を原因として6国は仲間割れとなった。斉は張儀にそそのかされたために、同盟国であった燕の10の城を奪うということをした。そこで燕の王は蘇秦にどうしてくれるのだと責めれば、蘇秦は必ず取り戻すと言う。斉の王に謁見した蘇秦が戦勝を祝福してすぐに悔やみの言葉を述べれば、斉の王は怒り出す。そうすれば蘇秦は燕が10の城を取り戻すメリットを斉の王に解き明かす。ここで述べられていた言葉というのが災い転じて福となすであった。この結果、斉の王は奪った10の城を燕に返還して、斉と燕は再び親交を結ぶこととなった。だがそれから50年後には合従を結んでいた6国は全て秦に滅ぼされて、秦が天下統一をした[3]。