烏森神社
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 烏森神社 | |
|---|---|
|
拝殿 ![]() | |
| 所在地 | 東京都港区新橋二丁目15番5号 |
| 位置 | 北緯35度40分0.41秒 東経139度45分24.46秒 / 北緯35.6667806度 東経139.7567944度座標: 北緯35度40分0.41秒 東経139度45分24.46秒 / 北緯35.6667806度 東経139.7567944度 |
| 主祭神 |
倉稲魂命 天鈿女命 瓊々杵尊 |
| 社格等 | 旧村社、東京八大稲荷 |
| 創建 | 天慶3年(940年) |
| 別名 | 烏森稲荷 |
| 例祭 | 5月4日 - 6日 |
| 地図 | |
歴史
社伝によれば、天慶3年(940年)、平将門が乱を起こした時、鎮守府将軍藤原秀郷(俵藤太)が武蔵国のある稲荷神社に戦勝を祈願したところ、白狐が現れて白羽の矢を秀郷に与えた。その矢によって速やかに乱を鎮めることができたので、それに感謝してどこかに稲荷神社を創建しようと考えていた所、秀郷の夢に白狐が現れ、神鳥が群がる場所が霊地であるとお告げした。秀郷が現在地である桜田村の森に来た所、お告げの通り烏が群がっていたので、そこに神社を創建したのが当社の始まりであるという。
江戸時代の稲荷ブームの際には、初午の稲荷祭の賑わいは《江戸で一二を争うものであった》という(境内案内板における山田將夫宮司の説明、1971年)
新橋には他に日比谷神社があり、大祭は日比谷神社と交互に隔年で行われる。当神社の大神輿は1930年に名人・山本正太郎(通称だし鉄)によって作られた巨大なもの。「だし鉄の最高傑作とも言われている」と境内案内チラシにある。
境内に木遣塚あり。また「心願色みくじ」なるものが頒布されている。
目黒区東山の烏森稲荷神社はこの神社の由来とされる。[2]
