熊谷元実 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代初期生誕 慶長18年(1613年)死没 貞享2年4月20日(1685年5月22日)別名 通称:忠三郎 凡例熊谷元実時代 江戸時代初期生誕 慶長18年(1613年)死没 貞享2年4月20日(1685年5月22日)別名 通称:忠三郎官位 主計主君 毛利秀就→綱広→吉就藩 長州藩氏族 藤姓宇都宮流宍戸氏→桓武平氏国香流熊谷氏父母 父:宍戸広匡、母:穂井田元清の娘兄弟 宍戸就尚、元実妻 正室:杉重政の娘子 宍戸就附、就実、宍戸就延、隆将、娘(草苅就氏室)テンプレートを表示 熊谷 元実(くまがい もとざね)は、江戸時代初期の武士。毛利家家臣で長州藩士。安芸熊谷氏の末裔。 慶長18年(1613年)、宍戸広匡の次男として生まれる。 寛永3年(1626年)、長州藩主・毛利秀就の命で、杉重政の娘(熊谷元貞の従姉妹)を妻に迎え、熊谷主膳正の死後に空席となっていた熊谷氏の 家督を相続した。 実家の宍戸氏に後継者がなかったため、長男の就附に宍戸氏の家督を継がせたが、延宝4年(1676年)に就附が早世したため、その弟である就延に宍戸氏の家督を継がせた。末子の隆将は熊谷氏の故地である安芸国三入庄に戻り、帰農した。 貞享2年(1685年)4月20日に死去。享年73。次男の就実が家督を相続した。 参考資料 『萩藩閥閲録』巻27「熊谷帯刀」 『可部町史』[要文献特定詳細情報] 熊谷家譜録(熊谷家蔵)[要文献特定詳細情報] Related Articles