熊谷元貞
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| 時代 | 安土桃山時代 - 江戸時代前期 |
|---|---|
| 生誕 | 文禄4年(1595年) |
| 死没 | 元和9年1月5日[1](1623年2月4日) |
| 改名 | 熊谷千代寿丸[1](幼名)→熊谷元貞 |
| 別名 | 通称:次郎三郎 |
| 戒名 | 花林宗蓮[1] |
| 官位 | 丹後守[1] |
| 主君 | 毛利秀就 |
| 藩 | 長州藩 |
| 氏族 | 桓武平氏直方流熊谷氏[2] |
| 父母 | 父:熊谷直貞[1]、母:穂井田元清の娘[1] |
| 兄弟 | 直貞、玄昌[1] |
| 妻 | 正室:英誉光珠(福原広俊の三女)[1][3] |
| 子 | 主膳正[1] |
熊谷 元貞(くまがい もとさだ)は、安土桃山時代から江戸時代前期の武将。安芸国の国人であった熊谷氏の当主。毛利氏家臣で長州藩士。父は熊谷直貞で、母は穂井田元清の娘。子に熊谷主膳正(実名不詳)。