熊野八幡神社 (各務原市神置町)
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神置町はかつては羽栗郡間嶋村であった。間嶋村の東部は熊野神社を鎮守とし、西部は八幡神社を鎮守としていたため、事実上は東と西とは異なる村であった。住民の対立が激化し、1874年(明治7年)に東間島村と西間島村に分立する事態となったが、翌年に合併し、神置村となった経緯がある。この熊野神社と八幡神社を合祀し、1982年(昭和57年)10月31日に熊野八幡神社となる[2][3]。
旧・熊野神社が熊野八幡神社であり、社殿は熊野神社のものを改築し、熊野神社と八幡神社の本殿を祀る。門柱、燈籠、狛犬などは旧来の熊野神社に加え、八幡神社のものを移築している。
- 旧・熊野神社
創建時期不詳。旧・村社。
- 旧・八幡神社
各務原市神置町3丁目328に鎮座し[4]、祭神は四柱(応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、白山大権現)であった[2]。
霊亀2年(717年)、白鬚神社(各務原市川島笠田町に鎮座)の境内社として創建[2]。天正14年(1586年)の木曽川の洪水の後、八幡神社は羽栗郡間嶋に移転[2]。
跡地は神置町公民館、稲羽地区体育館となっている。また。八幡神社の拝殿と慰霊碑(太平洋戦争で戦没した八幡神社の氏子を慰霊。1964年建立[4]。慰霊碑の上部には木曽川河川敷に投下された焼夷弾の不発弾を転用[4]。)が残されている。