片岡昇
日本のボクサー
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来歴
不二ジムが中心となって企画された「ヘビー級ボクサー養成プロジェクト」の一環として大相撲力士からボクサーに転向。
1956年9月17日、村下巌との初の日本人同士のヘビー級戦が行われ、これに勝利した片岡は日本ヘビー級1位となる[2]。
1957年5月4日、京橋公会堂にて中越豊との日本ヘビー級タイトルマッチに出場。10回判定勝ちで初代日本王座を獲得した[3]。6戦目での王座獲得は2年後に米倉健志が5戦目で奪取するまで日本王座獲得最短記録であった(2022年現在の記録は千本瑞規・但馬ミツロの2戦)。しかし、この試合は「スピードもスタミナもない凡戦」と酷評された[4]。また、防衛戦の相手が見つからなかったため、翌1958年1月に王座が保留となり、日本ランキングも事実上消滅した[5]。また、試合枯れの間に米軍のアマチュア選手に23秒KO負けを喫している[要出典]。
片岡の引退以降、2012年に藤本京太郎が1位になるまで半世紀以上日本ヘビー級は空白であり、2013年に藤本京太郎が日本ヘビー級王者になるまでタイトルは空位だった。
戦績
6戦4勝(2KO)2敗