牛山充
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長野県諏訪郡四賀村(諏訪市四賀)生まれ。高島小学校卒業後、1913年東京音楽学校甲種師範科卒[1]。高野辰之、田村寛貞に師事し、在学中、学友会誌「音楽」の主筆・編集長を務めた。1912年には学友会主宰の「土曜演奏会」を始めた。また東京外国語学校や正則英語学校に通い、英語を習得し、海外音楽理論の翻訳に着手した。東京音楽学校講師を経て、教授。1922年から「東京朝日新聞」の音楽・舞踊欄を担当した。
1934年8月から「月刊楽譜」主筆を務めた[1]。1938年4月に行われた第6回日本音楽コンクールではバイオリン部門の審査員を務める[2]。1939年に新興作曲家連盟入会[1]。
1961年東京バレエ学校を創立、校長。1952年文部大臣賞、1960年紫綬褒章受勲。日本浮世絵協会理事。NHK洋楽諮問委員、文部省芸術祭執行委員、舞踊コンクール、邦楽コンクールの審査員を務めた[3]。
著書
翻訳
- 『方法論』(ルネ・デカルト、越山堂、世界名著文庫) 1919
- 『教養論 原名・セルフカルチャア』(ジョン・ブラッキイ、越山堂、世界名著文庫) 1920
- 『独唱の仕方』(リルリ・レーマン、近代文明社) 1922
- 『バイロン詩集』(越山堂) 1922
- 『ピアノの弾き方』(ヨーゼフ・ホフマン、近代文明社) 1922
- 『塹濠の四週間 ヴアイオリニストの実戦記』(フリッツ・クライスラー、噴泉堂) 1923
- 『シエリー詩集』(聚英閣、泰西詩人叢書) 1923
- 『ピアノ演奏法』(ヨーゼフ・ホフマン、京文社、音楽教育叢書) 1929
- 『声楽法』(リルリ・レーマン、京文社、音楽教育叢書) 1929
- 『Twenty elementary and progressive vocalises』(サルヴァトーレ・マルケージ、シンキヤウ社) 1936
- 『ハンスリックの音楽美論』(田村寛貞訳著、牛山訳補、音楽之友社) 1956