牧嗣人
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大阪に出て、関西学院大学神学部に入学するが中退し、外山国彦に師事した。東京高等音楽学院(現在の国立音楽大学)に入学、卒業後、山田耕筰に師事した。
1930年代(昭和初年)、フランスに渡り、俳優に転向、マルセル・レルビエやクリスチャン=ジャック、フランス時代のロバート・シオドマクの作品に出演した[1]。フランス映画『Macao, l'enfer du jeu』[2]やドイツ映画に出演[要出典]している。
1940年(昭和15年)には帰国し、東宝映画に2作出演、いずれも歌う役である[3]。
1945年(昭和20年)8月15日、42歳で第二次世界大戦の終戦を迎える。40歳代後半の1950年代には、フランス時代と同様、歌手と関係のない役で映画に出演している[3]。同時期に開始されるテレビコマーシャルで、『不二家パラソルチョコレート』(不二家)等のコマーシャルソングを歌い、テレビ映画にも出演した。[1][3]。