狭山市立東中学校
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| 狭山市立東中学校 | |
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北緯35度51分39秒 東経139度25分28秒 / 北緯35.860972度 東経139.424583度座標: 北緯35度51分39秒 東経139度25分28秒 / 北緯35.860972度 東経139.424583度 | |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 狭山市 |
| 設立年月日 | 1962年 |
| 開校記念日 | 11月15日 |
| 閉校年月日 | 2016年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 3学期制 |
| 所在地 |
〒350-1305 埼玉県狭山市入間川1011番地 |
狭山市立東中学校(さやましりつ ひがしちゅうがっこう)は、埼玉県狭山市にあった公立中学校。
2012年度で50周年を迎え、2016年に廃校。以後はテレビ番組や映画などのロケーション施設として暫定的に活用されていたが[1]、2020年になり解体が始まり、現在は更地となっている。2022年には狭山市によって東中学校跡地の利活用基本方針(案)が策定され、今後の利活用方法についての検討がなされている[2]。
1962年に入間川中学校と奥富中学校を統合して設立された。昭和50年代半ばには1学年12クラスや14クラスまで膨れ上がりマンモス校となったが、1985年度に中央中学校と分離し、1988年度に入間野中学校に分離、その後少子化の影響で生徒数は落ち着いた。学区は現在富士見小学校と新狭山小学校の一部となっている。平成26年、市は本校を統合廃止する方針を示し、2016年、閉校となった。学区は狭山市立中央中学校・狭山市立狭山台中学校・狭山市立山王中学校の各校学区に分割編入された。
沿革
- 1962年(昭和37年)4月1日 - 狭山市立入間川中学校(旧)と狭山市立奥富中学校を統合して設立。当初校舎の統合はされず、旧入間川中学校(旧)を東中学校本校舎、旧奥富中学校を奥富分教場とした。
- 1965年(昭和40年)1月 - 現校地に新校舎竣工。同年3月を以て本校舎・分教場を統合移転(同年4月、埼玉県立狭山高等学校が開校し旧本校舎は同高校の仮校舎となる。1967年(昭和42年)4月、狭山高等学校が移転、狭山市立入間川小学校分教場設置。1971年(昭和46年)、分教場を狭山市立入間川東小学校とする。分教場跡地は1967年(昭和42年)4月、狭山市立奥富幼稚園となる)。
- 1985年(昭和60年)4月1日 - 中央中学校を分離。
- 1988年(昭和63年)4月1日 - 入間野中学校を分離。
- 2014年(平成26年)11月 - 狭山市議会にて本校を廃校にする「学校設置条例」の改訂案の審査が始まる。学区は狭山台中学校・中央中学校の両校学区に分割編入される。
- 2016年(平成28年)3月31日 - 閉校。
