猫城
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室町時代に麻生氏が築城。戦国時代末期の天正6年(1578年)に宗像氏領になる[1]。敵が攻めてくるときは山が高くなり・城から攻め下りるときは山が低くなるなど、猫が背を高くしたり低くしたりしているように感じるので猫城(ねこじょう)と命名されたと言われる[2]。
宗像氏貞は雑兵150名をつけ猫城へ家臣・吉田倫行を配属[3]。天正8年(1580年)5月、大友宗麟の家臣である立花城の立花道雪の指令を受けた鷹取城主・毛利鎮実が攻め込むが、宗像勢は激戦の末これを討ち破った[4][5]。宗像氏断絶後に廃城[6]。江戸時代には福岡藩の所領になり、第2代藩主黒田忠之が猫城跡に月瀬八幡宮を建立している。
猫城跡には、宗像市の市花で有名なカノコユリが夏に一斉に咲く。城跡の近くには高倉健(本名 小田剛一)の先祖である小田宅子の生家跡がある。高倉健は「猫城跡」の石碑を月瀬八幡宮に奉納している。
