猿島村
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| さしまむら 猿島村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1955年3月16日 |
| 廃止理由 |
新設合併 境町、猿島村、静村、長田村、森戸村 → 境町 |
| 現在の自治体 | 境町 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 茨城県 |
| 郡 | 猿島郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 隣接自治体 | 富里村、森戸村、境町、長田村 |
| 猿島村役場 | |
| 所在地 | 茨城県猿島郡猿島村 |
| 座標 | 北緯36度06分27秒 東経139度49分18秒 / 北緯36.10753度 東経139.82175度座標: 北緯36度06分27秒 東経139度49分18秒 / 北緯36.10753度 東経139.82175度 |
| ウィキプロジェクト | |
- 武家政治の頃より代々対岸の関宿藩に属する[1]。
- 維新後、関宿県に属する[1]。
- 1871年(明治4年) - 廃藩置県に際し、印旛県に編入される[1]。
- 1873年(明治6年) - 千葉県と改称[1]。
- 1875年(明治8年)5月 - 茨城県の管轄となる[1]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、下小橋村・染谷村・浦向村・金岡村・大歩村・山崎村・内門村が合併し猿島郡猿島村が成立する。
- 1947年(昭和22年)9月16日 - カスリーン台風による豪雨で、中川村の利根川堤防が決壊。周辺の村とともに猿島村も大部分が浸水する被害を出した[2]。
- 1955年(昭和30年)3月16日 - 境町・猿島村・静村・長田村・森戸村が合併し、境町が発足。猿島村は消滅。
行政
村長
| 歴代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 稲垣伝一郎 | 1889年(明治22年)4月 | 1891年(明治24年)9月 |
| 2 - 4 | 野村祐七[3] | 1891年(明治24年)9月 | 1901年(明治34年)8月 |
| 5 | 斎藤伝十郎 | 1901年(明治34年)9月 | 1903年(明治36年)9月 |
| 6 | 渡辺元治 | 1903年(明治36年)10月2日 | 1907年(明治40年)9月30日 |
| 7 | 鈴木音四郎 | 1908年(明治41年)6月7日 | 1912年(明治45年)6月6日 |
| 8 | 稲垣伝一郎 | 1915年(大正4年)5月16日 | 1919年(大正8年)5月22日 |
| 9 | 野村貞次郎 | 1919年(大正8年)6月28日 | 1922年(大正11年)8月29日 |
| 10 | 倉持林次郎 | 1923年(大正12年)7月17日 | 1926年(大正15年)7月31日 |
| 11 | 斎藤藤市 | 1926年(大正15年)9月29日 | 1928年(昭和3年)4月30日 |
| 12 - 13 | 野村貞次郎 | 1928年(昭和3年)6月6日 | 1934年(昭和9年)7月6日 |
| 14 | 鈴木柳八 | 1934年(昭和9年)7月11日 | 1938年(昭和13年)7月9日 |
| 15 - 16 | 野村貞次郎 | 1938年(昭和13年)7月9日 | 1946年(昭和21年)7月9日 |
| 17 | 斎藤繁司 | 1946年(昭和21年)7月17日 | 1946年(昭和21年)12月29日 |
| 18 - 19 | 稲垣五一郎 | 1947年(昭和22年)4月30日 | 1955年(昭和30年)3月15日 |
助役
助役は以下の通りである。
- 木村嘉七郎[3]