玉城 (美濃国)

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城郭構造 山城
築城主 佐竹義春
築城年 元弘2年頃(1332年頃)
主な城主 佐竹義春、佐竹義恕、浜六兵衛、杉山内蔵之介
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玉城
岐阜県
城郭構造 山城
築城主 佐竹義春
築城年 元弘2年頃(1332年頃)
主な城主 佐竹義春、佐竹義恕、浜六兵衛、杉山内蔵之介
廃城年 慶長5年(1600年)
遺構 曲輪、竪堀、堀切
位置 北緯35度21分45.8秒 東経136度26分09.6秒 / 北緯35.362722度 東経136.436000度 / 35.362722; 136.436000
玉城の位置(岐阜県内)
玉城
玉城
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玉城(たまじょう)は、岐阜県不破郡関ケ原町玉の城山山頂にあった南北朝時代から戦国時代にかけての日本の城(山城)。

南側に東山道(中山道)、北側に北国街道を見下ろす位置にあり、江濃国境にほど近い標高標高307.5メートルの城山山頂に所在し、主郭は北東から南西にかけて東西200メートルを超える規模で構築されている。主郭の北西には帯曲輪を備え、切岸を挟んで別の帯曲輪を構える。その外側の斜面には土塁を持つ竪堀がいくつか配されている。また、西端は堀切によって山道から隔てられ、南東側は複数の竪堀と小曲輪が置かれている。 大手は西側と推測されており、美濃側が近江側に備えて築城したと思われる。

歴史

脚注

参考文献

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