玉野警察署
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玉野警察署(たまのけいさつしょ)は、岡山県警察が管轄する警察署の一つである。
- 宇野駅前交番(玉野市築港一丁目)
- 宇野、田井一丁目(一部)・田井二丁目(一部)・田井六丁目、築港
- 玉野マリン交番(玉野市和田)
- 和田、奥玉、玉、渋川、羽根崎町、日比、深井町、御崎、明神町、向日比
- 秀天交番(玉野市槌ヶ原)
- 宇藤木、小島地、槌ヶ原、迫間、東紅陽台、東高崎、東七区、南七区、木目、用吉
- 玉原駐在所(玉野市玉原二丁目)
- 長尾駐在所(玉野市滝)
- 田井駐在所(玉野市田井三丁目)
- 田井一丁目(一部)・田井二丁目(一部)・田井三丁目・田井四丁目・田井五丁目
- 山田駐在所(玉野市山田)
- 梶岡駐在所(玉野市梶岡)
- 八浜駐在所(玉野市八浜町八浜)
- 灘崎町の親子3人殺傷事件 - 1956年(昭和31年)9月8日夜[1]ないし9日6時ごろ[2]、児島郡灘崎町西7区4条線の農業男性(当時31歳)宅で発生した事件[2]。男性と妻(同21歳)が短刀様のもので刺されて殺害され、彼ら夫婦の長女(当時生後11か月)も重傷を負い、現金千数百円が盗まれていた[1]。玉野署が「県警犯罪史上、未解決では最も凶悪」な事件として捜査を行っていたが[2]、現場に犯人の遺留品がなかったことなどから捜査は難航[1]、未解決のまま事件発生から15年後の1971年(昭和46年)9月9日に公訴時効が成立した[2]。なお1963年(昭和38年)に発生した森吉事件の犯人である男の犯行手口がこの事件と似ていたため、この男が捜査線上に浮上したが[1]、彼にはアリバイがあったことが判明している[3]。事件の約10日前と約5日前に、殺害された男性と妻がそれぞれ別々に実家を訪れて借金を申し入れていたが断られており、当時の捜査員からはその借金の目的や金額について詳細な話がなされていれば事件解決の鍵になったかもしれないと指摘されている[2]。
- 1 2 3 4 『徳島新聞』1963年11月27日朝刊セット版11頁「七年まえ 岡山で三人殺傷事件 Mの手口と似ている」「弁護士も敬遠ぎみ? 決まらぬM担当者」(徳島新聞社)
- 1 2 3 4 5 『読売新聞』1971年9月9日大阪朝刊岡山版B 21頁「県犯罪史上、最も凶悪な事件 「灘崎の親子殺傷」時効」(読売新聞大阪本社・岡山支局)
- ↑ 『徳島新聞』1963年11月28日夕刊3頁「Mの疑い薄らぐ 岡山の一家三人殺傷事件」(徳島新聞社)