王倹城
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王倹城(おうけんじょう、ワンゴムソン、왕검성)、ないし、王険城(おうけんじょう、ワンホムソン、왕험성)は、古朝鮮において、都が置かれた場所とされる地名[1]。その所在地は、現在の平壌市に比定されることが多いが、異説もある[1]。
『史記』朝鮮列傳第五十五には、衛満が、朝鮮人や中国人亡命者たちを束ねて王険に都を置いたこと(「朝鮮蠻夷及故燕 齊亡命者王之 都王險」)を記し、当地を王険城と称しており(「王險城未下...)、これを踏まえて衛氏朝鮮は王倹城を都としていたとされる[2]。
衛氏朝鮮以前の伝説的な王朝とされる檀君朝鮮、箕子朝鮮も、当地を都としていたとする伝説もある[3][4]。
衛氏朝鮮は、紀元前108年に前漢の武帝に攻め滅ぼされ、漢四郡が設けられたが,その統治の中心となった楽浪郡の都も王倹城に置かれた[5]。