生態系生態学

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学問分野 生態学(生物学の一分野)
研究対象 生態系におけるエネルギー流・物質循環・一次生産・分解
主要概念 生態系、栄養段階、食物網、生態系サービス
生態系生態学
Ecosystem ecology
生物群集と非生物的環境の相互作用を生態系の枠組みで統合的に研究する科学
基本情報
学問分野 生態学(生物学の一分野)
研究対象 生態系におけるエネルギー流・物質循環・一次生産・分解
主要概念 生態系、栄養段階、食物網、生態系サービス
関連分野 生物地球化学水文学保全生態学景観生態学
代表的研究者 アーサー・タンズリー
レイモンド・リンデマン
ユージン・オダム
ハワード・T・オダム

生態系生態学(せいたいけいせいたいがく、英語: Ecosystem ecology)は、生態系という枠組みの中で、生物的(biotic)要素と非生物的(abiotic)要素のすべてを統合的に研究する生態学の一分野である。「生態系内のエネルギー流と物質の循環」を中心的なテーマとし、それらが生態系の構造・機能とどのように結びついているかを明らかにすることを目的とする。

生態系生態学は本質的に学際的な研究分野であり、個体群生態学群集生態学・生理生態学の知見を統合しながら、生態系全体をひとつの物理系として解析する。生物地球化学が特定の物質循環プロセスに注目するのとは異なり、生態系生態学は有機体と非生物的エネルギー・栄養プールを統合されたシステムとして扱う点に特徴がある。

生態系生態学は、生物的要素(植物・動物・微生物)と非生物的要素(岩盤・土壌・水・大気・光)が一体となって機能するシステム――すなわち「生態系」――を研究の基本単位とする。このアプローチは、生態系全体にわたるエネルギーの流れと物質の循環を定量的に把握することを可能にし、一次生産分解栄養動態といった機能的プロセスを中心的な研究課題とする。

生態系の規模は、岩礁海岸の潮溜まりのような小さなものから、アマゾン熱帯雨林のような広大なものまで、理論上は無制限に変化しうる。したがって、生態系生態学はスケールそのものではなく、研究対象(エネルギーと物質の動態)によって規定される学問である[1]

生態系内では、エネルギーは太陽光として系に入り、一次生産者による光合成を経て化学エネルギーに変換される。このエネルギーは食物網を通じて各栄養段階へと移行しながら、最終的には熱として系外に散逸する。一方で、炭素窒素リンなどの化学元素は生物的要素と非生物的要素の間を循環し、系内に留まる[2]

概念の起源と発展

「生態系」概念の誕生

生態系(ecosystem)」という語は、1930年代初頭にイギリスの植物学者アーサー・ロイ・クラッパム(Arthur Roy Clapham)がアーサー・タンズリーの求めに応じて造語した[3]。タンズリー自身は1935年、学術誌 Ecology に発表した論文「植生の概念と術語の正用と誤用(The use and abuse of vegetational concepts and terms)」の中でこの語を初めて正式に使用した[4]

タンズリーはこの論文において、当時の生態学的思想を支配していたフレデリック・クレメンツ(Frederic Clements)の「超有機体(superorganism)」概念を批判し、生態系を「有機体群と、それらが属する環境の物理的要素の複合体からなるひとつの物理系」として定義した。すなわち、生物群集と非生物的環境をひとつの統合された物理系と見なすことで、生態学に新たな科学的枠組みをもたらした[5]

リンデマンの栄養動態論(1942年)

タンズリーの概念をエネルギー流の定量的理論へと発展させたのが、アメリカの生態学者レイモンド・リンデマン(Raymond L. Lindeman)である。リンデマンはミネソタ州のシダー・ボッグ湖(Cedar Bog Lake)を5年間にわたって研究し、その成果を1942年に論文「生態学の栄養動態的側面(The Trophic-Dynamic Aspect of Ecology)」として発表した[6]

この論文はリンデマンの死後に出版された(彼は27歳で没した)。当初は査読者から「データが理論的一般化を支えるには不十分である」として掲載を拒否されたが、イェール大学の生態学者G・イヴリン・ハッチンソン(G. Evelyn Hutchinson)の強力な支持により最終的に掲載が認められた[7]

この論文でリンデマンは、ある栄養段階で消費されたエネルギーのうち次の栄養段階に転移するのは概ね10%に過ぎないという「10%則(ten percent law)」を実証し、生態系全体でのエネルギー予算という概念を初めて定量的に提示した。この研究は生態系生態学という学問の礎となった。

オダム兄弟の貢献(1950〜1970年代)

リンデマンの研究をさらに発展させたのが、ユージン・P・オダム(Eugene P. Odum)とハワード・T・オダム(Howard T. Odum)の兄弟である。ユージン・オダムはジョージア大学で生態学の研究・教育に従事し、1953年に兄弟共著で教科書『生態学の基礎(Fundamentals of Ecology)』を出版した[8]。この教科書は約10年間にわたって生態学の唯一の標準的テキストであり、生態系概念を科学界全体に広める上で決定的な役割を果たした。

オダム兄弟は生態系レベルでのエネルギーと物質の流れを定量化するシステムアプローチを発展させ、生物的・非生物的相互作用がいかにして生態系全体のエネルギー流を規定するかを示した。これにより、クレメンツやチャールズ・エルトン(Charles Elton)が提唱した一般的な生態学的アイデアが実証的に裏づけられた。


主要概念と研究課題

エネルギー流と栄養段階

生態系において、エネルギーは一方向的に流れる。太陽エネルギーは光合成生物(植物藻類光合成細菌)によって化学エネルギーに変換され、食物網を通じて順次上位の栄養段階へと移行する。しかし各栄養段階での転移効率は低く、平均的に約10%のエネルギーしか次の段階に渡らない。残りの約90%は細胞呼吸による代謝熱・不消化物・排泄物などとして系外に散逸する[9]

この非効率な転移効率が食物連鎖の短さを規定しており、地球上のほぼすべての生態系で食物連鎖は4〜5段階程度に収まる。また、上位捕食者の個体群が小さいこと、下位栄養段階の生物量が大きいことの物理的根拠ともなっている。

総一次生産量(GPP)
一次生産者が光合成によって固定するエネルギーの総量。
純一次生産量(NPP)
GPPから一次生産者自身の呼吸コストを差し引いた量。一次消費者が利用できるエネルギー量を表す。
二次生産量
消費者が摂取した化学エネルギーのうち自身の生物量に変換した量。

物質循環(生物地球化学的循環)

物質はエネルギーとは異なり、生態系内で循環する。炭素・窒素・リン・硫黄・水などの化学元素は、生物的要素と非生物的要素の間を繰り返し行き来しながら生態系を維持する[10]

炭素循環
光合成による大気中CO₂の固定と、呼吸・分解・化石燃料燃焼による放出が均衡することで維持される。海洋は大気中CO₂の主要な吸収源(シンク)であるが、過剰な吸収は海洋酸性化をもたらす。
窒素循環
窒素固定(N₂→NH₃)・硝化・同化・アンモニア化・脱窒の各プロセスを含む。生物学的窒素固定はほぼすべての生態系の一次生産を支える基盤的過程である。
リン循環
大気成分を持たず、主として土壌・水を通じて循環する。淡水生態系では一次生産を制限する主要な栄養素となることが多い。

分解と物質の再利用

分解者(細菌・菌類など)は、全栄養段階に由来する死有機物を分解し、炭素・窒素・リンなどの無機栄養素を環境へと還元する。分解者がいなければ、死有機物は際限なく蓄積され、一次生産者が利用可能な栄養素はやがて枯渇する。したがって分解プロセスは生態系の物質循環を持続させる不可欠な機能を担っている[11]

生態系の安定性:抵抗性と回復力

生態系の安定性は二つの指標で評価される。

抵抗性(resistance)
撹乱に抗して平衡状態を保つ能力。
回復力(resilience)
撹乱後に平衡状態に戻るまでの速度。

人間活動による大規模な撹乱は、生態系の抵抗性・回復力の双方を低下させることがある。回復力が失われた生態系は、もはや以前の状態に戻れない「ティッピング・ポイント」に達する恐れがある[12]

トップダウン制御とボトムアップ制御

生態系の構造と機能に影響を与える調節機構として、栄養段階の頂点から底辺方向へ波及する「トップダウン制御」と、生産者レベルからの資源量によって決まる「ボトムアップ制御」が研究されている。両者の相対的強さは、生態系ごとに大きく異なり、それが種組成やバイオマス分布の多様性を生む一因となっている。

生態系サービスと応用

生態系生態学の知見は、自然資源管理・保全生態学気候変動対策など多くの応用分野で活用されている。生態系が人間社会に提供する恩恵は「生態系サービス(ecosystem services)」と総称され、以下の四つの機能に分類される[13]

  • 供給サービス:食料・水・木材・医薬原料など有形の産物の提供。
  • 調節サービス:気候・水質・浸食・害虫の自然的な調節。
  • 文化的サービス:レクリエーション・美的価値・教育など非物質的な恩恵。
  • 支援サービス:栄養循環・土壌形成・光合成など他のすべてのサービスを支える基盤的プロセス。

気候変動は一次生産量の変化や栄養循環の撹乱を通じて支援サービスに影響を与え、それがほかの生態系サービス全般に波及することが指摘されている[14]

自然を活用した気候変動の緩和・適応策(ネイチャーベースド・ソリューション)も生態系生態学の知見に立脚しており、沿岸湿地の修復による炭素貯留や洪水制御がその代表例として挙げられる[15]

関連する主要人物

  • アーサー・タンズリー(Arthur Tansley, 1871–1955):「生態系」概念の創始者。1935年にその定義を初めて発表した英国の植物生態学者。
  • レイモンド・リンデマン(Raymond L. Lindeman, 1915–1942):栄養動態論と10%則を確立したアメリカの生態学者。
  • ユージン・オダム(Eugene P. Odum, 1913–2002):生態系生態学を体系化した教科書『生態学の基礎』(1953)の著者。ジョージア大学生態学院の創設者。
  • ハワード・T・オダム(Howard T. Odum, 1924–2002):エネルギーと物質の流れの定量化に貢献した生態学者。ユージンの弟。
  • G・イヴリン・ハッチンソン(G. Evelyn Hutchinson, 1903–1991):リンデマンの指導者として栄養動態論の普及を支えた湖沼学者。

関連項目

脚注

外部リンク

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