生田蝶介

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生田 蝶介(いくた ちょうすけ、1889年5月26日 - 1976年5月3日)は、日本の歌人小説家。本名・調介。雑誌に初めて短歌欄を設けた人物である[1]

山口県豊浦郡長府町(現在の下関市)の田嶋家に生まれる。13歳で京都の叔父の養子となり[1]、生田姓となる。早稲田大学英文科に入学[1]

1909年、博文館の社員となり、『講談雑誌』を出版した[1]。この雑誌は、日本で初めて雑誌に短歌欄を設けたものだった[1]1916年歌集『長旅』を刊行。

1924年には歌誌『吾妹(わぎも)』を創刊する[1]。『聖火燃ゆ』などの小説や批評も発表した。

1976年5月3日没。行年88歳。戒名皐月院芙氿泉光蝶歌聖禅居士。墓所は青山霊園

子の友也も歌人。

著書

復刊

出典

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