兵庫県姫路市生まれ。小鼓方を志したが指の故障により断念して笛方に転向し、笛方森田流の玄人ではない者に師事して玄人になったという異例の経歴を持つ。1932年(昭和7年)当時一流派をなしていた梅若流の梅若家に入門し、梅若家座付で舞台出演を始めた。1940年(昭和15年)森田流分家の森田光風に師事。
1957年(昭和32年)日本能楽会(重要無形文化財保持者に総合認定された者の団体)が結成され、1967年(昭和42年)から日本能楽会会員。1966年(昭和41年)度、芸術祭奨励賞[1]。1979年(昭和54年)度、芸術選奨文部大臣賞[2]。