田中敬子 (ピアニスト)

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出身地 日本の旗 日本
学歴 大阪音楽大学音楽学部ピアノ科卒業
兵庫教育大学大学院学校教育(音楽)研究科修士課程修了
田中 敬子
出身地 日本の旗 日本
学歴 大阪音楽大学音楽学部ピアノ科卒業
兵庫教育大学大学院学校教育(音楽)研究科修士課程修了
ジャンル クラシック音楽
職業 ピアニスト音楽教育者
活動期間 1981年 -2024年

田中 敬子(たなか けいこ )は日本のピアニスト神戸女子大学教授を経て、兵庫大学教授(2021年に退職)、神戸芸術文化会議、神戸音楽家協会会員。多くのピアノコンクールの審査も務める。2024年12月、急性疾患のため急逝。

賞罰

3歳よりピアノを始め、伯母である下山田裕子(元武庫川女子大学教授)に指導を受ける。祖父は作曲家の田中銀之助

16歳から神沢哲郎(元大阪音楽大学教授)に師事する。大阪音楽大学音楽学部ピアノ科卒業。

卒業と同時にウィーンに留学し、フリードリヒ・グルダを育てた名教授ブルーノ・ザイデルホーファーに師事、氏の最後の弟子となる。

4年間の留学を終え、ウィーン・ベーゼンドルファー・ホールでリサイタルの後に帰国。NHK洋楽オーディションに合格、NHK-FMに出演し、モーツァルトピアノソナタ変ロ長調KV.281を演奏する。

帰国後は同じく海外での音楽留学の経験がある東京芸術大学出身のピアニスト・井内澄子[1]に師事し、様々な新進演奏家のコンサートに出演、音楽誌にも取り上げられる。以後、東京、大阪、神戸を中心にリサイタルオーケストラとの共演、室内楽などで活躍する。

調性感が非常に強いという田中は、現代の平均律に疑問を持ち、古典調律を勉強する。2006年、兵庫県立美術館において、2台の異なる古典調律がされたピアノでリサイタルを開催。

兵庫教育大学大学院において、和声感性の関係を研究。作曲家の草野次郎に師事する。2009年3月、博士前期課程修了[2]

2010年ごろから徐々に目が見えなくなるという不治の難病に侵され、2024年から海外にて長期療養。同年12月、急性疾患のため急逝。

2002年、神戸市文化奨励賞、ブルーメール賞の両賞を受賞[3]

2020年、公益社団法人 私立大学情報教育協会主催 ICT利用による教育改善研究発表会にて奨励賞を受賞[4]

主な演奏活動

著作

脚注

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