田中文雄 (実業家) From Wikipedia, the free encyclopedia 田中 文雄(たなか ふみお、1910年7月29日 - 1998年1月6日)は、日本の経営者。王子製紙社長、会長を務めた。 長野県南佐久郡平賀村(現佐久市)出身[1]。旧制野沢中学を経て、1935年に九州帝国大学農学部林学科を卒業し、同年に王子製紙に入社した[1]。1956年に取締役に就任し、常務、副社長を経て、1968年に社長に就任[1]。社長在任中は、北日本製紙、日本パルプ工業との合併を実現させ、紙パルプ業界の国際化に尽力した[2]。1981年に会長に就任し、1989年から取締役相談役を務めた[1]。1982年には病気療養中の市村修平社長に代わり、社長を一時代行した[1]。 1979年から1987年までに日本経営者団体連盟副会長を務め、1981年には日本製紙連合会会長に就任した[1]。1983年に勲一等瑞宝章を受章した[2]。 1998年1月6日心不全のために死去[2]。87歳没。叔父に小山邦太郎がいる[3]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 「現代物故者事典 1997-1999 p369」 1 2 3 1998年 1月7日 日本経済新聞 朝刊 p39 ↑ 長野県人名鑑 p.307 参考文献 信濃毎日新聞社 編『長野県人名鑑』 先代熊澤貞夫 王子製紙社長1968年 - 1981年 次代市村修平 Related Articles