田中林太郎

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田中 林太郎(たなか りんたろう、安政4年(1857年[1]- 没年不詳)は、日本の設備技師。実父は中村喜助(奇輔)、義父は田中重儀田中久重の養子)、娘婿は田中不二藤山種廣の次男)。

人物

1881年(明治14年)、工部大学校機械学科卒業後、工部省技手となる[1]

皇居造営では暖房工事などを担当し、皇居御造営事務局廃局後も内匠寮技師として残務にあたる[1]1893年(明治26年)に退官し、翌年芝浦製作所技士、日本鉄道技師・技師長を歴任した[1]

1901年(明治34年)からは東宮御所御造営局技師となり、暖房設備関係業務を担当している[1]1908年(明治41年)に退官した[1]

脚注

参考文献

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