明治18年(1885年)2月[2]、熊本県で生れる[3]。大正2年(1913年)東京帝国大学医学部を卒業する[4]。その後、大正15年(1926年)欧米出張を行い、昭和2年(1927年)に帰国する[5]。帰国後、霞ケ浦空軍医長となり、当職を兼務しながら軍医校教官も務める。昭和12年(1937年)12月1日に海軍軍医校教頭となり、佐世保病院長を経て、昭和14年(1939年)11月15日、海軍医学校校長と海軍中将に就任する[5]。
昭和16年(1941年)10年15日に医務局長となるが、昭和18年(1943年)10月25日に軍令部出仕となる。その後、予備役編入、昭和24年(1949年)死去した[5]。享年63歳。