広島県呉市出身[3]。1917年(大正6年)に東京帝国大学法科大学政治科を卒業し、明治大学教授に就任した[1]。1921年(大正10年)より東京帝国大学経済学部講師を兼ね、同年から欧米で経済政策・社会政策を学び、翌年に帰国した[1]。1925年(大正14年)には、明治大学より商学博士の学位を受けた[1][4]。
1930年(昭和5年)、第17回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第22回に至るまで5回当選を果たし、1946年6月22日に議員を辞職した[5]。その間、陸軍省の委嘱でドイツとイタリアの経済・財政政策を視察した[3]。
その他に内閣調査局参与、大日本産業報国会理事・国防経済研究所長、王子製紙株式会社顧問を務めた[6]。