土倉麻
日本の短距離走選手 (1914-2008)
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来歴

京都市出身[2]。祖父は「大和の山林王」と謳われた土倉庄三郎で、庄三郎の長男・鶴松の娘が麻である[3]。
京都府立京都第一高等女学校高等科(現在の京都府立鴨沂高等学校)[4]在学中、1932年ロサンゼルスオリンピックに女子100メートル競走および400メートルリレー走に出場。前者は予選落ちしたが、後者で日本チーム(他に中西みち・村岡美枝・渡辺すみ子)は5位に入賞した[1]。
ロサンゼルスに向かう船上で、走幅跳で出場した田島直人(三井砂川鉱山社員、京都帝国大学OB)と知り合う[3]。田島直人が三段跳で金メダルを獲得した1936年ベルリンオリンピック後に二人は結婚した[2]。
1964年東京オリンピックでは、国立競技場でVIPのアテンド(案内・接待や通訳など)やメダルセレモニーの際のホステス役を務める「コンパニオン」が設けられ、当初は陸上競技関係者[注釈 1]に声がかけられた(のちに公募もされる)[5]。麻も娘とともにコンパニオンを務めている[5]。