1872年、鳥取県東伯郡大誠村(現北栄町)で生まれる。医師の下働きから商人を目指し、30歳すぎには材木商として成功を収める。30歳代後半に製材用のボイラー製造事業に出資するも失敗して多額の負債を負う。その後は独自にボイラーの研究を独力で進め[1]、
1912年にタクマ式ボイラーを発明[2]。翌年には特許を取得。
1914年4月に大阪で開催された第2回発明品博覧会に出品して金賞を取ると、事業化を図り外国製ボイラーの輸入に歯止めがかかる規模の成功を収めた。1930年には、日本の十大発明家の一人として宮中賜餐を受けた。1936年6月、自宅に田熊常吉研究所(現在の株式会社タクマ)を設立。