1918年(大正7年)農業大同義塾を卒業[1]。伊那町議会議員、伊那町森林組合常任理事、伊那町助役、上伊那郡選挙管理委員長、伊那市議会議員などを歴任した[1]。
1966年(昭和41年)伊那市長に当選し、1970年(昭和45年)4月まで1期務めた[1]。在任中、市の重点政策として鉄道、バイパス、屠畜場の各専門委員会を発足させ、市営住宅や新たな道路網の建設、農業改善事業に意欲を見せ、土地改良事業や電気通信機械を中心とした工業の振興を図った[1]。1972年春の叙勲で勲五等瑞宝章を受章[4]。1990年死去。死没日付をもって従六位に叙された[3]。