甲斐完司
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1977年、ヤマハ東京支店が主催するEastWest全国大会(1976年から1986年にかけて年1回行われたアマチュアバンドのコンテスト)に、神山暁雄(現ホッピー神山)らと「HARD MAPLE」として、最年少の17歳で出場。この大会にはアマチュア時代のサザンオールスターズやカシオペアも出場していた[1]。この頃のHARD MAPLE(後にMARS)の活動は、2018年12月に発売された「ウラワ・ロックンロール・センターの軌跡」(CD17)に収録されている[2]。
高校卒業後、EastWest77の優秀グループ「リバーサイド」[3](デビュー時のバンド名:とし太郎&リバーサイド)に加入し19歳でメジャー・デビュー。1980年にリバーサイドがアルファレコードからリリースした2ndアルバム「WANDERLAND」からギター& バックボーカルとして参加した[4][5]。ちなみにリバーサイドの「陽よりまぶしく風よりはげしく」はFIFAワールドユースサッカーのテーマソングであるが、この大会には朝霞市立朝霞第二中学校時代の同期生[6]のサッカー選手高橋貞洋が出場した。
とし太郎&リバーサイド解散後、近藤真彦の第2期専属バックバンド「ダブルス」のギタリストとして活動。ダブルス解散後は少年隊の専属バックバンド「BOYZ」のバンドリーダーとしてサポート活動を行う。その後、尾崎豊&Heart Of Klaxonとして、「TREES LINING A STREET TOUR」、「広島平和コンサート・ALIVE HIROSHIMA '87」、「BEAT CHILD」に参加。アルバム「街路樹」のレコーディングにも参加している。
1989年、依知川伸一(b,vo)[7]、上島隆(ds)とNUDEを結成。1990年ファンハウスからデビュー。アルバム2枚、シングル2枚をリリースし、1992年まで活動した。その他、アーティストのサポート、数々のセッション、スタジオワーク、作曲・編曲、プロデュースを行う。
2017年からボーカルの大橋拓也とユニットを組み、サポートメンバーに柳本将史(b)、Satoko Kanzaki(Key)を迎え、CRYMAxxxとして活動している。
CRYMAxxxの活動
- 主催ライブ「GroovyNight」を初台TheDOORSで定期的に開催
- Vol.1 2018年6月29日
- Vol.2 2019年3月9日
- Vol.3 2019年9月7日
- Vol.4 2020年9月5日
- Vol.5 2021年9月11日
- Vol.6 2022年9月4日
他、数々のブッキングライブに出演。
- CD「ZERO」(MiniAlbum,2019.9.8)リリース
ライブサポート
- 近藤真彦
- 1983年~1984年 ダブルス
- Masahiko Kondo ReSTART 2021年11月2日 中野サンプラザホール
- 少年隊
- 尾崎豊
- TREES LINING A STREET TOUR1987年7月1日 茨城県民文化センター~9月24日 豊橋勤労会館
- 広島平和コンサート・ALIVE HIROSHIMA '87 1987年8月5日・6日
- BEAT CHILD 1987年8月22日・23日
- 諸星和己(1999年)
- 田中美奈子(1991年~1992年)
- D-51(2004年デビュー時~2005年)
リリース作品
- リバーサイド
- 「WANDERLAND」(LP:ALR-28008,1980.アルファレコード)
- 「君の胸はスーパースター」(EP:ALR-706,1980.アルファレコード)
- 「ワンダフル・スクール」(EP:ALR-721,1980.アルファレコード)
- 「ラヴ・ミー・ウォッチ・ミー」(EP:ALR-726,1980.アルファレコード)
- NUDE
- 「ARE YOU SERIOUS?」(CD,1990.1.25 ファンハウス)
- 「[aiz]」(CD,1990.11.1 ファンハウス)
- 「夜が廻る」(CD:Single,1990.1.25 ファンハウス)
- 「あかずの踏切り」(CD:Single,1990.10.25 ファンハウス)
- URN
- 「Saila」(CD:Single,1995.3.25 ダイキサウンド)
- CRYMAxxx
- 「ZERO」(CD:MiniAlbum,2019.9.8)