甲斐彩加

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生年月日 (1993-08-24) 1993年8月24日(32歳)
血液型 O型
最終学歴 福岡教育大学
かい あやか
甲斐彩加
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 宮崎県延岡市
生年月日 (1993-08-24) 1993年8月24日(32歳)
血液型 O型
最終学歴 福岡教育大学
職歴 宮崎県内のケーブルテレビ局
TBSプロネックス
南海放送
文化放送
活動期間 2019年 -
配偶者 あり
担当番組・活動
出演中 てるのりのワルノリ
ますだおかだ岡田圭右とアンタッチャブル柴田英嗣のおかしばなど

甲斐 彩加(かい あやか、1993年8月24日 - )は、元文化放送アナウンサー宮崎県延岡市出身[1]

宮崎県立延岡高等学校福岡教育大学教育学部美術専攻(金属工芸)卒業[2][3]。高校で生徒会長を務めた[3]。大学受験の1か月前から休学して福岡に下宿し、受験「画塾」に通った[3]教員を目指したが強い宮崎訛りが障り、「人前で話すのが嫌になった」[3]。のちに友人から誘われて福岡のアナウンススクールへ通い、スクール生の格好良い話し方に感化されて放送業界を志した[3]

大学を卒業して宮崎県内のケーブルテレビ局に入社して2018年に退職した。2018年3月から2019年10月までTBSプロネックスに所属し、TBSラジオTBSラジオキャスター[4]ADとして『TBSラジオ エア・ナビゲーション』、『TOMAS presents High School a Go Go!!』、『荒川強啓 デイ・キャッチ!』、『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』、『爆笑問題カーボーイ』を担当した[4][5]。2019月に南海放送へアナウンサーとして入社[6]して2023年1月に退職した[7]。2023年4月に文化放送へアナウンサーとして入社[8]し、2024年3月16日「てるのりのワルノリ」の放送中、3月15日に結婚したことを公表した[9]。2026年3月をもって契約満了により文化放送を退職。

人物

エピソード

西野カナについて

  • 南海放送ラジオ『アナだらけ』の2022年10月28日放送分で「今更西野カナ推し計画」特集として西野について語る[11]
  • 東京の放送局で勤務したが、西野が活動を休止したことから東京で生活する意味を見いだせず、活動休止期間中は東京でなくていいと愛媛県の放送局へ転勤した。
  • 「西野カナの活動に合わせて、自分の行動を変え続けてきた人」と、藤田勇次郎から紹介された。19時15分過ぎから松山のコンサート会場へ参戦した松友杏樹[12]が出演した。TBSラジオ勤務時に西野を特集する企画書を提出したが却下された。
  • 妹が西野の曲を聴いていたが、甲斐は『遠くても』を聴いてから気になり高校生の頃に好きになる。大学受験の時に西野が通う大学に行きたいと思う。大学名は公表していなかったが、愛知県女子大学であることが判明していたことから該当する3校から1校を受験した。西野が通う大学ではなく進学しなかった。
  • 福岡教育大学の美術科に在籍し、金属工芸といっても西野のことしか頭になく、何を作っていいか分からなかった。教授から「金属工芸なんだからちゃんと工芸っぽいものを作りなさい」と言われたが、「西野カナ」で造りたい気持ちは変わらず、教授からも理解を得て製作も卒業論文も「西野カナ」を軸にした[3]
  • 小学3年生から教員を志したが、教員になっても西野カナに会えないことに気付き、出会うならテレビ局に就職するしかないと思い、東京のテレビ局限定で働ける仕事としてアナウンサーを目標とした[3]
  • 2019年2月横浜アリーナでのラスト公演のチケットはファンクラブに入っていたが落選した。その後一般発売の前に活動休止の発表があったため、倍率が高く購入が難しくなると考える。会社の先輩に相談すると「チケットぴあの店頭で1番に並べばきっと購入できるよ」と言われて、その日の夜に並ぶことを決める。夕方5時半頃に仕事を終え、横浜の店に行くと既に2人並んでいたので、銀座に向かうが誰もおらず1番に並び、夜7時から朝10時まで震えながら野宿をした。1月の寒い日だったが、並ぶと思っていなかったので軽装で出勤していたと振り返っている。朝の店が開くまで誰1人来ることはなく、ひたすら1人で待った。
  • 2024年6月に突如の活動再開を発表した。同年11月13・14日に行われた休止前と同じ会場での復活公演では念願のチケットを入手し初日(13日)のみに参戦したと、自身のXやインスタグラムにおいて挙げている。

その他

  • 『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』を担当していた頃から毒蝮三太夫には気をかけられており、毒蝮が2023年7月に『大竹まこと ゴールデンラジオ!』にゲスト出演した時にあいさつへ行った際、毒蝮がそのスタジオに居るスタッフらに向けて「文化放送の皆さん、これから甲斐をよろしくな」と言っていったという[3]
  • 2025年4月30日放送の『くにまる食堂』で、先輩である坂口愛美らが採用された年(2020年)の文化放送アナウンサー採用試験にも応募していたが、先に南海放送での採用が決まったために途中で辞退したことを話した。この日番組で共演したのは当時採用担当であった太田英明(文化放送アナウンサー)である[13]

出演番組

脚注

外部リンク

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