甲斐説宗
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作風
帰国後は、リゲティやグレツキからの影響を昇華した独自の作風を展開し、「簡素な初期設定を耳で追える楽しみ」を追求した。原田力男のように絶賛するプロデューサーにも恵まれ、また良き理解者や演奏家にも助けられた。「三人のマリンバ奏者のための音楽」(1975年 - 1977年)や「五人の奏者のための音楽」(1970/1971年)、「ピアノのための音楽 I 」(1974年)など、楽器編成をそのままタイトルとした作品が多い。また、鈴木昭男考案の創作楽器「アナラポス」のために、「アナラポスのためのインターアクティヴィティ」(1977年)を作曲している。テープ音楽にも理解を示し、簡素な素材の変形だけの「テープのための音楽」を作曲した。
晩年は小節線を廃した「ヴァイオリンとチェロのための音楽 II」(1975年 - 1976年)や四分音符と四分休符のみで作曲された「ヴァイオリンとピアノのための音楽 II」(1978年)などに見られるように、切り詰められたストイックな境地に到達した。弟子のピアニスト井上郷子によると、最晩年には「庭で植木にポッチン、ポッチン、ハサミを入れる庭師の仕事のような、そういうふうな作曲ができればなあ」と語っていたという[2]。事実、ほとんどの作品に改訂が施されている。
フル・オーケストラ作品は習作以外残されることがなかったが、創作ノートには完成させる意向の作品プランが記されていた。未完に終わった「コントラバスとピアノのための音楽」は川島素晴が補筆し完成させた。