男の紋章シリーズ
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企画経緯
本シリーズ企画経緯について1962年に日活に入社し、にっかつで取締役企画部長を務めた佐々木志郎は[8]、「僕が日活に入った頃は、石原裕次郎、吉永小百合の文芸路線がまだ全盛の頃で、銀座で毎日のように接待ですよ。その頃は日活が興行成績トップで、東映はものすごく成績が悪かったんですけど、それが3年ぐらいして『網走番外地シリーズ』が出てきた。すると日活の文芸路線がダメになって成績が下がったんです。じゃあ東映に負けずにヤクザ路線を作らないといけない、と地方で営業をやってる若手の第一線を10人ぐらい現場に戻したんです。あの頃は本社の企画部に6人体制で5班あって全部で30人ぐらい企画部員がいましたけど、それで僕らが主導して作ったのが『男の紋章シリーズ』とか『博徒百人』とか『昇り竜 やわ肌開張』とかです」などと述べている[8]。