町田咲吉
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鹿児島県出身[2]。鹿児島市皷川町生まれ[3]。1892年(明治25年)、帝国大学農科大学を卒業し、助手を務めた[1]。1893年(明治26年)より農事試験場技師を務め、1906年(明治39年)に統監府勧業模範場技師に転じた[1]。また、農事試験場では、農芸化学部主任も務めた[4]。
1908年(明治41年)より水産製造学研究のためアメリカ合衆国・ドイツに留学した[1]。1910年(明治43年)7月、東京帝国大学農科大学(のち農学部)教授に任じられ、水産学第三講座を担当する[1]。水産学科設立前から水産学の講座を担当した草分けのひとり[3]。1924年(大正13年)から1927年(昭和2年)まで農学部長を務めた[1]。また、1924年の日本農芸化学会創立に参加[5]。1930年(昭和5年)に退官し、名誉教授の称号を受けた[1]。
