丹波国多紀郡瀬利村(現・兵庫県丹波篠山市瀬利)に生まれる。1868年(明治元年)に瀬利村惣代となり、その後、村会議員、畑村助役、畑村農会長、畑村長を歴任する。
ついで、1919年(大正8年)畑村消防組頭を経て、同村衛生組合長、林野統一整理委員長など要職を務める。ほか、第1回国勢調査委員、在郷軍人会畑村支部顧問、畑村青年団顧問、醸造研究会畑村支部長、伝染病予防委員、太寧寺担徒惣代、神社惣代などを務めた。
国勢調査委員を務めた功により国勢調査記念章を、さらに1926年(大正15年)畑村における長年の功を賞され感謝状を受けた。