高家旗本・畠山義福の次男として誕生した。兄・畠山義一の養子となる。
文化7年(1810年)11月4日、家督を相続する(表高家か?)。同8年(1811年)11月5日、11代将軍・徳川家斉に初めて御目見する。
文化11年(1814年)11月15日、高家に就任し、従五位下侍従に叙任する。文政10年(1827年)6月15日、従四位下となる。天保8年(1837年)11月15日、従四位上となる。
天保13年(1842年)7月15日、高家肝煎に就任。嘉永2年(1849)年2月25日、少将に任官する。
嘉永5年(1852年)5月10日、死去。家督は子・義勇が継いだ。