白山丸事件
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 最高裁判所判例 | |
|---|---|
| 事件名 | 出入国管理令違反 |
| 事件番号 | 昭和35年(あ)第735号 |
| 1962年(昭和37年)9月18日 | |
| 判例集 | 刑集第16巻9号1386頁 |
| 裁判要旨 | |
|
一 刑訴法第二五五条第一項前段は、犯人が国外にいる場合は、そのことだけで、公訴の時効はその国外にいる期間中進行を停止することを規定したものである。 二 出入国管理令第六〇条第二項、第七一条は、憲法第二二条第二項に違反しない。 | |
| 第三小法廷 | |
| 裁判長 | 五鬼上堅磐 |
| 陪席裁判官 | 河村又介、垂水克己、石坂修一、横田正俊 |
| 意見 | |
| 多数意見 | 全会一致 |
| 反対意見 | なし |
| 参照法条 | |
| 刑訴法255条1項、出入国管理令60条2項、出入国管理令71条、憲法22条2項 | |
| 最高裁判所判例 | |
|---|---|
| 事件名 | 出入国管理令違反 |
| 事件番号 | 昭和34年(あ)第1678号 |
| 1962年(昭和37年)11月28日 | |
| 判例集 | 刑集第16巻11号1633頁 |
| 裁判要旨 | |
|
一 出入国管理令第六〇条は、憲法第二二条第二項に違反しない。 二 密出国の日時を「昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬まで」、その場所を「本邦より本邦外の地域たる中国に」と各表示し、その方法につき具体的な表示をしていない起訴状であつても、検察官の冒頭陳述により、被告人は昭和二七年四月頃までは本邦に在住していたが、その後所在不明となつてから、日時は詳らかでないが中国に向けて不法に出国し、引き続いて本邦外にあり、同三三年七月八日帰国したものであるとして、右不法出国の事実を起訴したものとみるべき場合には、審判の対象および防禦の範囲はおのずから明らかであつて、刑訴第二五六条第三項に違反するものということはできない。 | |
| 大法廷 | |
| 裁判長 | 横田喜三郎 |
| 陪席裁判官 | 河村又介、入江俊郎、池田克、垂水克己、河村大助、下飯坂潤夫、奥野健一、高木常七、山田作之助、五鬼上堅磐、横田正俊、斎藤朔郎 |
| 意見 | |
| 多数意見 | 全会一致 |
| 意見 | 奥野健一 |
| 反対意見 | なし |
| 参照法条 | |
| 出入国管理令60条、出入国管理令71条、憲法22条2項、刑訴法256条3項 | |
白山丸事件(はくさんまるじけん)とは、1958年(昭和33年)に中国からの日本人引揚船である白山丸から第二次世界大戦後(以下、戦後)に中国へ密出国していた日本人(主に日本共産党員や共産主義支持者)が発見されて出入国管理令違反で起訴された裁判[1][2]。