鎌倉時代に、金沢の称名寺から発し、六浦荘富田郷(蒲里谷郷)を抜けて山越えして鎌倉に至る、白山道が開かれたと言われる。白山道は、釜利谷南を流れる宮川の渓谷(平潟湾に流入する)を通って山を越えるが、谷の一番奥にこの磨崖仏がある[5]。
いつごろ造られたかはっきりせず、東にある東光禅寺との関係で薬師如来像ではないかという[2]。
六浦道沿いの鼻欠地蔵とあわせて横浜に2つしかない磨崖仏の1つで、案内看板もあるが、顔の位置すらよくわからない。
1983年撮影の写真のリンクはこちら→https://openphoto.app/c/kanazawaku/photo/14408[6]?