白根鼎三
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山口県士族・ 白根正一の長男に生まれる[2]。1875年(明治8年)鉱山寮出仕を経て、1877年(明治10年)神奈川県第5課御用掛となる[2]。検疫関係事務を担当したのち、都筑、橘樹[3]、鎌倉各郡長を経て、1899年(明治32年)から約10年間に渡り中郡長を務めた[2]。
1902年(明治35年)大磯町大火のとき、郡長として復興に尽くした[2]。1915年(大正4年)大磯町長に就任[2]。大磯から平塚へ郡衙を移す運動の阻止や株組織による大磯税務署・大磯登記所の新築を行った[2]。また、海水浴場道路新設を計画し1917年(大正6年)7月に完成させた。同年10月の暴風雨によるの復興に尽力した。1918年(大正7年)8月には米騒動に対処するため大磯町臨時教済会を設置し、米価騰貴対策に取り組んだ[2]。