白石本通墓地
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白石村の開拓が始まった明治初期には、先行して白石中央墓地があったものの、東部の住民にとってはやや遠く、日常的に墓参が行われていた当時の感覚では不便なものだった。そこで1872年(明治5年)に墓地の新設願いが出されたが、開拓使の開墾役所は「1村に墓地は1か所が決まりである」としてこれを却下。本通墓地は結局許可を得ないまま造られることになった。そのため開設時期の正式な記録は残っていないが、1880年(明治13年)ころだったと伝えられている。本通墓地が公認されたのは、1902年(明治35年)4月になってからだった[2]。
キリスト教墓地は1932年(昭和7年)、日本札幌教区天主教宣教師社団が土地を買い上げて白石村に寄付し、信者用の墓域としたことに始まる[2]。