北海道の白老町は、アイヌ民族のコタン(集落)がある所として知られていた。当時、約700人のアイヌ民族が町内のポロト湖畔に「白老コタン」を形成していた。
1965年、北海道と白老町は白老コタンの近くに、観光施設として「ポロトアイヌコタン」(2018年まで存在したアイヌ民族博物館)を建設し、白老町の観光の目玉としていたが、1970年頃から、新左翼の一部がアイヌ革命論を掲げて、アイヌ民族問題に介入し、騒ぎを起こしつつあった。
被害者である浅利義市町長は、「ポロトアイヌコタン」建設の中心人物であったことから、事件の標的となった。