白金幼稚園
From Wikipedia, the free encyclopedia
戦後、文部省教育研修所(のちの国立教育研究所)所長であった城戸幡太郎が、品川区上大崎にあった研修所の一室において、戦災の中で野放しになっていた幼児らの保育を始めたことを淵源とする[1][2] 。
1947年(昭和22年)、国立教育研究所付属幼稚園として開園[2]。地域の父兄が経営するという形態の下に発足した幼稚園であった[2]。
1949年(昭和24年)、国立教育学研究所による学校経営に難色を示したGHQの指示により、国立大学あるいは東京学芸大学附属の幼稚園へと移管の方針とされた[2][3]。しかし、移管による園の移転は廃園に等しいとする地元父兄らによる反対運動が起こり、1951年(昭和26年)8月、現在地にて、私立幼稚園として存続されることとなった[2][3]。その際には、旧軍の馬小屋を移設して園舎に充てたという[3]。
特徴
3歳児童と4歳児童を募集している。毎年白金祭りやバザーが開かれている。また、園庭には裏山があり[4]、生き物の飼育や、菜園活動などが行われている。
その他
脚注
参考文献
- 三木安正「私の幼兒教育研究の宿題(2)」幼兒の教育51巻10号6-11頁(日本幼稚園協會,1952-10)
- 城戸幡太郎「日本の保育(その二) (第二十九回日本保育学会幼稚園百年記念講演)」幼児の教育75巻10号19-24(日本幼稚園協会,1976-10)
- 海卓子「定数と幼児教育について」幼児の教育79巻9号7-13(日本幼稚園協会,1980-09)